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神様は賽を振らない 第5章 5

>>05

 デスク。イス1脚。ベッド。目に入ったものはそれぐらいしかない。ホテルよりも生活感のない部屋だと綾瀬は思った。確実に1人暮らしな1Kの部屋には、使用感のまるでない狭いキッチンに、備え付けの小さな冷蔵庫。デスクの上にはノートパソコンが乗っているだけだ。自分の部屋も物が少ない方だと思っていたが、比べ物にならない。
 ただ、必要以上に鍵の数は多い。4つの鍵は山根の手によってすべて施錠されていた。

「しばらくここで生活してもらうよ」

 さして乱れてもいないベッドの上を手早くかたずけながら、山根が言う。デスクからイスを引き出し、綾瀬にそこへ座るように促す。

「2人で?」

 実際にはこの状況というより、この人物に動揺している。それを悟られないように平静を装い、椅子に座りながら綾瀬が言った。

「公安部に知られてない居住地はこことあと1ヵ所しかないんだ。1ゲートにはここだけ。俺は君の監視保護が今の任務だから、一緒に居なくちゃならない。SPの方が適任なんだけどね、こういうの」

 山根がネクタイを緩めながらベッドへと腰を下ろす。
 綾瀬が彼と会うのは19年ぶりになる。歳は取ったが面影は残っている。今の年齢を計算しながら、歳の割には若く見えるなと思う。彼の事を実はあまりよく知らない。知っているのはその存在と、年齢ぐらいだったりする。2人は父親は同じだが、母親の違う腹違いの兄妹だ。
 以前から独特な雰囲気のようなものを感じていたが、それもかわらない。物腰は柔らかく穏やかに感じるのに、優しくはないのだ。それが綾瀬だけに向けられているものなのか、他の人にも同じようにそうなのか、彼女にはわからない。最後に山根に言われた言葉が、今も綾瀬の心にへばりついている。
 知り合い、しかも兄であったとしても、警戒心が解かれることはない。

「で、槙田警部には話したの?」

 槙田は多分、聴取で聞いていないと答えている。綾瀬はそう推測していた。

「何も話していない。話してもどうせどうにもならないんでしょ? 私はただ、こんな事から手を引きたいだけ」

 綾瀬は槙田を助けるために嘘をついた。

「ちなみに、俺は詳細を知らない。君が秘密裏に行っている国の研究情報を漏えいする可能性があるという公安部の見立てと、秋月さんから妹を助ける様に言われただけ。流石に彼女のお願いは断れなくてね、こんな状況になってる」

 彼が急にあの場に現れたのが、秋月が手をまわしていた事を綾瀬は知った。自分が彼の妹だという事まで秋月が調べていた事に驚いた。
 秋月さんの事をよく知らない。以前、仕事で顔を合わせた事が1度だけあったけれど、その時は槙田刑事の上司で、同じ捜査官だと思っていたのに。
 一体彼女がどんな仕事をしているのか、結局よくわからなくなった。

「……私、どうなるの?」

 綾瀬が山根の目を見ながらそう言うと、彼は視線を外して言った。

「記憶を消すか、大学を辞めて検察医として研究に手を貸すか、……殺されるかの3択」

 どれも選びたくない。それが綾瀬の正直な気持ちだった。
 あの事だけ、記憶を消されるのは構わない。けれど、それだけを消去できるという前提ではあるが、そうとも限らない。基本的に、そんなうまくはいかないと噂に聞いていた。同時に、自分の記憶を他人に見られるというのも気持ちの良いものではない。何を見られて、何を見られてないのかなんて、見られている本人にはわからない。何をどうされようと、何か記憶に支障がきたしても、事故であり責任は問えない。
 携帯電話の着信音がして、お互いが電話を手にする。

「はい」

 そう言って電話に出たのは山根の方だった。

「居ますよ。……もって5日ってところです。具体的にどうしたらいいですか?」

 電話の相手は多分、秋月さんだなと綾瀬は思った。
 結局、自分は何をしたかったのか。槙田まで巻き込んでどうしたかったのか……。
 どうしようもない事と、どうしても流せなかった。その事に自分が関わっていることが我慢できなかった。人間でありながら、グールと深い繋がりがある槙田ならば、自分と同じような嫌悪感を抱くのではないかと綾瀬は考えた。だから彼を選んだ。警官でありながら、それでも立ち向かってくれるのではないかと。
 桐島 直は生贄だ。彼の屍の上を歩くような事を私はしたくない。

「昔みたいに笑えば? つらい時ほど無理して笑ってただろ?」

 いつの間にかぼんやりと床を見ていた。急に顎を持ち上げられ視線が上がり、冷たい言葉を浴びせられた。目に映ったのは、父の面影を持つ男だ。

「母親にそっくりだね。もしかして意識してそうなろうとしてる?」

 綾瀬は図星をつかれて咄嗟に彼の手を払いのけた。彼女はずっと母親の面影を追っている。そうする事で、母親を近くに感じる事が出来るような気がしていた。

「昔ほど笑わなくなったのは、俺のせいかな」

 そう言って山根が笑った。
 この人は私から笑顔を奪うくせに、身体を張って私を守ろうとする。こんな事まで昔と変わらない。
 初めて会った当初、綾瀬は彼の事が好きだった。優秀で優しい自慢の兄で、とても懐いていた。それを見計らったかのように、昔、彼は綾瀬に『俺の前で笑うな。君にそんな資格はない』と言った。
 綾瀬は自分の耳を疑った。その時の彼の顔も、声も、未だに忘れることが出来ない。夢に現れ、彼女を苦しめる事さえある。人間不信に陥り、彼女は1人を好むようになった。
 そんな事を言い放ったにもかかわらず、彼はグールに襲われ殺されかけていた彼女を助けた。負傷し、2週間近く生死を彷徨うような傷を負いながらも、彼は妹を守り抜いた。
 あの時彼女を見捨てていれば、そんな怪我を負うことなく逃げる事が出来たはずだった。綾瀬は彼のその行動の意味が、未だにわからないままでいる。
 罪悪感と恐怖。それに加え、反発心や怒り。彼に対する綾瀬の気持ちは複雑だ。
 いっそこの人を巻き込んで……。
 そんな気持ちが、綾瀬の口を開かせた。

「桐島……」

 そこまで言いかけた所で口元を塞がれた。山根の唇にだ。

「……や…めて!」

 綾瀬は必死に抗い、両腕で力いっぱい山根を押しのけた。

「……何でこんな事するの」

 涙が溢れてくるのがわかる。綾瀬はそれが零れ落ちないようにぐっと耐えて言った。
 本心がまるで見えない。
 山根の唇から血が垂れていた。綾瀬が咄嗟にかんだからだ。その血を左手の中指で拭い、確認するように眺めながら言う。

「余計なことを言おうとしたろ? また言おうとしたら、同じことするよ?」

 綾瀬は唇をごしごしと手の甲でこすっていた。
 感触が残って消えない。
 この部屋から出ていきたい気持ちでいっぱいになった彼女の視線が玄関へと向かう。それを見て山根が言う。

「逃げたら殺すよ。許可は下りてる」

 綾瀬は血の気が引いていくのを感じた。
 本当は、秋月さんが手をまわして、都合よく私を消そうとしてる? それともこの人が嫌がらせをしたいだけ? どっちにしろ、もう逃げ道なんてないように思える。
 これは罰なんだろうか。祝福されずに生まれてきた私へ、消えろと言っているように思える。
 こすりすぎた唇がヒリヒリと痛む。
 自分の中の正義を振りかざして、跳ね返ってきた報いがこれなのかと思うと絶望の2文字が弾丸のように胸を貫く。
 臭いものには蓋を。
 そうやって、そこら中に蓋をしてきた男は、中身を見ようとしないまままた蓋を閉じようとしている。
 アルコールが欲しい。でも今日は、いくら飲んでも酔えそうにない。

「この世界が地獄なんじゃない。あんたたちが地獄を作り上げるのよ」

 綾瀬は低い声でそう呟いた。





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美雨

Author:美雨
オリジナル小説・詩の下書きblog
「神様は賽を振らない」の連載開始。
※物語の特性上、一部不快(グロテスク/残酷)に思われる表現があります。
※作品の転載・お持ち帰りは禁止です。何かで使用されたい場合は、事前にお声かけください。歓迎★
※詩を歌詞として曲などで使用していただけるかた募集中。また、その逆も募集中です。

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