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神様は賽を振らない  case.01 邂逅の人⑥

>>06

 オンライン会議が終わったところで、少しは落ち着きを取り戻した様子の都筑 孝輔が、あるものを槙田に差し出した。
 デスクの上にファイルや何かと雑多に置かれていたそれは、犯人の1人から手渡されたものだと言う。

「警察にバレたら渡しとけって言われた」

 大きなため息を付きながらそう言った都筑は上の空だった。妹の事でも考えているのかもしれない。誰にも聞き取れないような小さな声で、独り言をブツブツと呟いている。

「とりあえず観てみようよ」

 アレクセイが槙田の手元を覗き込みながら言った。都筑に渡されたのは、ケースに入った1枚のディスクだった。

「そうだな」

 そんな都筑の様子を気にしながらも、槙田はそのディスクの中身を壁のディスプレイに映し出すように水無瀬に指示を出した。
 槙田がネクタイを少し緩めながら腕時計に視線を向けるのを見て、自然と僕も壁に掛けてあった時計に視線が向かった。時計の針はそろそろ12時を回ろうとしていた。
 現在12ゲートが管轄の警官が総出で犯人を捜索中。すでに12ゲート内で被害者が出ていると報告上がっている。犯人グループの1つ? と交戦し、警官が負傷。まだ1人も犯人を取り押さえることができていない。
 このまま「普通の人間」が対応していたら、死傷者の数は益々増えるだろう。グール対策チームが動くことでやっとまともに応戦できる相手であって、まともにやり合って敵う相手ではない。本来は、対策チームを応援に呼び、退避するのが正しい対処になる。
 この班も加勢したいところではあるが、他の班と違い、生き残りの住民を保護できた事で他のチームと措置が違った。彼から情報を得る事を最優先しろと命令を受けている。
 画面に、足を広げるようにイスに座っている男が映しだされた。男は両手を軽く組むようにして膝に肘を置き、前のめりな体勢でこっちを見つめている。

「……さて、人間の皆さん。これは善とか悪とかの話ではない。君たちは生きるために食べて、呼吸をする。僕たちも同じように、生きるために食べて、呼吸をする。君たちがすることは善で、僕たちがすることは悪か? これはただの自然の摂理だ。この世界は誰のものか。君たちのものか? 君たちが生きることは善で、僕たちが生きることは悪か? 絶対的な善悪など成立しないように、誰かが思う悪が何かを救うこともあれば、誰かが思う善が何かを傷つけることもある。自分たちが生きるために僕たちを排除しようとすることは善か? 僕たちが生きるために君たちを食べることは悪か?」

 男が監視カメラに映っていた男であることは直ぐに解った。しかも、僕はこの男と面識があることを思い出す。
 当たり前だが、男は初めて会った時よりも歳をとっていた。そのせいで粗い、薄暗い画像では気付けなかった。あの時見た彼は14、5歳ぐらいの少年に見えた。面影が昔の記憶を引き上げていく。今でもたまに思い出す。
 男はゆっくりとした口調で話し続けた。

「これは善とか悪の話ではない。これはただの自然の摂理の話だ。けれど、人間として産まれてグールとして生きる者もいる。人間と交わって生きるグールもいる。だから歪む。僕はその歪みを正常に戻そうと思う。僕はその為に、まず積 那由他を殺した」

 積 那由他を殺した!?
 長年追っていた指名手配犯の積が、同類に殺されていた!?
 男の発言を聞いて、映像を見ている誰もが驚きを隠せなかった。警官だけではなく、都筑でさえも。
 積 那由他は元警官であり、後に大量殺人とアウトブレイクを画策した張本人だ。収監されていた刑務所から脱獄し、その消息は不明なままだった。
 頭がよく、他の一般的なグールとは圧倒的に違う。僕が、最も恐れていた人物でもある。
 画面ではここで急に登場人物が増える。
 男は座っていたイスから立ち上がったと思うと、高校生ぐらいに見える女の子の頭を鷲掴みにしながら直ぐに戻ってきた。口にはテープが張られ、両手は後ろで拘束されていた。

「真知!!」

 都筑の悲鳴のような声が上がる。
 引きずられるようにしてふらふらと画面上に登場した女の子は、すでに暴行を受けて出血や痣が見受けられる。都筑が連れ去られたと言っていた妹は、この女の子の事だった。
 男はもう片方の手に持っていたナイフを、女の子の首元へとあてがった。

「やめろ!! やめてくれーーーーーっ!」
「人間として育ったグールは、グールであってもはやグールではない。歪みの元凶は、処分する」

 耳を塞ぎたくなるような都筑の声は、この部屋の異常さを掻き立てる。これは生中継じゃない。いくら叫んだって、都筑 真知はすでに死んでいる。泣きじゃくりながら「やめろ」を繰り返す都筑が、死体と一晩を共にするような異様な状況をやり過ごした人物とはとても思えなかった。
 興奮する都筑を、アレクセイが画面が見えないように抑え込む。都筑はそのまま泣き崩れた。
 血飛沫がカメラのレンズを赤く染め、女の子は用済みのゴミでも捨てるように放り投げられた。
 嫌なことに気付いた。カメラに映りこんだイスの背もたれの傷。壁に残された血痕。見覚えがある。無意識のうちにそれを探し当てた。やっぱりこの部屋か……。
 床に残っている大量の血は、殺された警官達だけのものではなかった。
 男は何事もなかった様に、また元のようにイスに座り直す。

「10年待ってやったんだ。少しは人口が増えたかな? こっちは食糧不足で苦しんだよ。もうこんなのはごめんなんだ」

 30半ばぐらいだろうか。今まで真直ぐに正面を向いて話していた男は、視線を落としてそう言った。
 肘のあたりまでたくし上げられた白い長袖のワイシャツ。黒い無地のパンツ。黒い革靴を穿いている。その出で立ちは、どこか昔の積を連想させた。

「怯えて眠れ」

 男は最後に目線を上げ正面に視線を戻すと、そう静かに言った。冷めた視線。口元が少し緩んでいたような気もする。そこで映像は終了した。
 ゾッとした。
 背筋や指先は冷たく、血の気が引く様に感じるのに、心拍数が異様に跳ね上がる。
 画面から視線を逸らせずに固まっていたが、隣に居た尚が服の裾を掴んだ事で意識が現実に引き戻される。怯えているのか、その手は微かに震えていた。

「水無瀬、犯人の人相と背格好から解析」

 槙田が後ろでパソコンを操作していた水無瀬に早口で言った。
 尚は平常心を取り戻そうとでもする様に、こっそりと深呼吸をしていた。
 グールであって、もはやグールではない。あの男の標的は、人間だけじゃなくて同類であるグールも含まれる。歪みの元凶と言われたグール、それは自分達も標的であるという事だ。

「ヒットしましたが、B号ではありません。私の階級ではセキュリティーに弾かれて観覧すらできないのですがこの人物はいったい……」

 水無瀬の言葉に槙田が無言でイスから立ち上がる。直ぐさまパソコンに向かい、自らパスワードとIDを入力する。

「……こいつか」

 槙田が独り言のようにそう呟く。

「シェーム?」

 僕は確認するように槙田に聞いた。

「ああ。 B号で検出されてないはずだ。指名手配犯ではなく、事件の重要参考人扱いになっている」

 答えはイエスだった。あの時、積にシェームと呼ばれていた少年。出生などは何もわかっていない。

「誰それ?」

 千野が声を上げる。
 この中でシェームという人物を知っているのは僕と槙田の2人だけだ。

「今回の事件の首謀者であり犯人」

 僕がそう言うと、千野はその言葉に珍しく複雑そうな顔をしていた。

「そうじゃなくって! お兄ちゃんも槙田さんもこの人の事元々知ってるんでしょ?」

 男の事を隠そうとしているように感じたのか、尚が口を挟んできた。

「……俺も一も、昔1度見たことがあるだけだ」

「……ふーん」

 槙田の返答を少し疑うように、尚が言う。
 僕と槙田の雰囲気からこれ以上なにも話さないと感じ取ったのか、アレクセイは話を変えた。

「それより、彼の言う歪みっていうのはW(ダブル)のことと、人間と関わってるグールってことであってる?」

「おそらく、そのような意味合いだろう。殺害対象は人間だけじゃなく、グールも含むなんて前代未聞だ」

 槙田が眉間に皺を寄せながら言った。
 グール同士が殺し合うなんていうのはそもそもない。殺したところで、同類の肉は喰べられないから意味がないからだ。それに、人間と違って運動能力も殺傷能力も高いグールを襲うことは、人間を襲うよりもリスクがかなり高くなる。よっぽどの理由がない限り、そんな事を態々したりしない。

「そもそも、干渉し合ったりしないからなー」

 千野はそう言ってパンツのポケットに手を突っ込みながら壁に寄り掛かった。
 僕等はグールであってグールとはまったく逆行した行動をとっている。グールでありながら、人間側に付き、人間と生活し、人間を助けるためにグールを捕まえている。人間と干渉し合いながら生きている。
 確かに、グールとしては歪んでいるのかもしれない。

「都筑 真知さんは、やっぱりグーラだったってこと?」

 少し疲れた様子で、尚が近くにあったデスクの上に腰かけながら言った。

「……真知は」

 妹の名前が出たことに反応して、床にへたり込んでいた都筑が、急に積を切ったように喋り出した。

「政府の言う奇病に感染してたんだ。それが知られれば治療の為とか言われて、強制収容されるだろ? オレ達の間ではその強制収容所はガス室って呼ばれてる。行ったら最後ってな。だからオレ達家族は、ずっと真知を守ってきたんだ……。その為なら何だってした。それなのに、親はもう限界だとかぬかしやがって!」

 見てきた街の惨劇のうち、都筑の家と峰岸 瑞月だの家だけが、他の殺害現場とは違って見えた事を思い出す。

「両親殺したのか?」

「真知を守る為だ!」

 槙田の問いに、都筑は胸を張るようにして言った。
 都筑の話、と言うより供述によれば、その2軒での殺人は、たまたま今回の事件と重なって起きた事件だったということになる。
 はじめのうちは、両親も何とか娘のことを守ろうとしてた。でも、その為に人を殺さなければならない事。娘が人肉しか喰べることができないという事実。自分達も娘に喰われるんじゃないかという恐怖。もう、人ではないバケモノとなった娘を、両親は政府に引き渡そうとした。
 それは仕方のない事だと、その場に居た都筑以外の者は思っていた。
 グールがそれを隠しながら生きていくには、人間ではいられない。グールとして生きていくしかない事を知っているからだ。

「妹はお前が両親を殺した時一緒に居たのか?」

「真知は、両親が話をしているのをたまたま聞いちまって泣いてたんだ。仕方ないって俺に言った。仕方ないのは病気になったことで、ガス室行になることじゃねーだろ。……かわいそうに。かわいそうな、俺の真知」

 槙田の淡々とした質問に、都筑は今まで誰にも話すことができなかった、自分の中に閉じ込めてきた秘密を話し続ける。
 女のグールであるグーラは、見た人物の理想の女性の姿に見える。たぶん、グーラである妹に魅せられていた兄は、妹を純粋に助けるために両親を殺害と考えられる。

「目撃していたんだな? その後妹はどうした?」

「気付いたらいなくなってた。あんなクソみたいな親と一緒に居たくなかったんじゃねーの?」

 たぶん、その殺害現場に居合わせた妹は、『人間らしさ』を失った。血の臭いは正気を奪い、すべてが食欲だけに支配される。もしかしたら、彼女は両親を喰べたくなくて、その場から必死で逃げたのかもしれない。
 けれど、こうなるともう手が付けられない。

「それから?」

「……俺が今度は親父を殺ろうとしてたところで邪魔が入ったんだ……。目の前で親父の頭が吹っ飛んだ。バケモノどもが、かあさ……あの女を、犯しながら喰って……」

 そこまで話して、どんどんと顔色が悪くなった都筑は、ついに嘔吐した。
 欲求を抑えられず、人を喰らうバケモノになった都筑の妹は、隣家の峰岸 瑞月宅で欲求を爆発させる。
 そこにまたシェームたちが居あわせ、兄同様、利用するために彼女も連れ去る。
 頭の中では、そんなストーリーが出来上がった。

 グールはずっと昔から、人に紛れて生きてきた。アラブ人の伝承や、イスラム教のハーディスにも登場する怪物だ。
 砂漠に住み、体色と姿を変えられる悪魔。
 墓を漁って人間の死体や子どもをを食べ、旅行者を誘い込み、殺して食べるとされている。
 警察は、長年に渡りこのグールを秘密裏に捕まえ、収容していた。人間の安全と秩序を守るために。
 その収容所からグールを解放するという事件を起こしたのが積 那由他だった。その事件を通称、アウトブレイクと言う。
 政府はグールを奇病が発症している人間と称している。

 何十年も前から計画的に地下で建設されていたこのゲートは、疫病の感染拡大を防いでいるわけではない。
 狂人に変貌すると言われる疫病は、感染などしない。
 生き残った国民に説明され、歴史認識されている物語は、事実とは異なる。

 この事件は、アウトブレイク以来、最大のグールによる大量殺人事件になった。
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神様は賽を振らない  case.01 邂逅の人⑤

>>05

 13のゲートによって区分されたこの国は、それぞれのゲートにいくつかの詰め所がある。さらに各ゲートに4ヶ所警察署と名づけられた、基本的には見張り場のような署が設置されている。署には、一定階級以上の警察官しか存在を知らない地下通路がある。
 通路に続く隠し扉を開ける為には、解除するコードと、解除する本人の認証コードの入力が必要になる。その扉が開錠された場合、自動的に本庁へ通達が行き記録も残る。
 この隠された地下通路は隣り合わせたゲートへと続き、地上に出ることなく最短で隣のゲートまで移動することができる。使用を許されている人物も限られ、使用される事も滅多にない。

 僕、尚、槙田の3人は、その地下通路を専用車両で移動中だ。
 途中、水無瀬から槙田に連絡が入った。本庁に連絡もなしに地下通路を使用している件で槙田に直接連絡を取ろうとしたものの、ココは携帯電話は電波が届かずコンタクトが取れなかった。その関係で水無瀬さんの方へ本庁から連絡が入った。無線は地下でも使用可能な為、2手に分かれている班の双方では連絡が取ることができた。ただこの無線もそこまで遠くまでは届かない。本庁のある1ゲートまでは到底届かない。結果、間に水無瀬を挟み本庁と槙田が連絡を取るかたちになっていた。
 2人の会話内容は、全員が無線によって聞いていた。むしろ聞かせるために2人だけの直通からオープンへと切り替えられていた。態々別々に説明する時間を節約する為の槙田の処置だ。
 12南署は本部から応援要請をSATに通達するように連絡を受けていた。通達後、15分もあれば現場に応援が到着するハズだった。それにも関わらず、応援は20分待っても来なかった。連絡もなく遅れている事を不審に思った槙田は、12南署へと直接連絡を取った。しかし電話の相手は「もうすぐ到着します」の一点張りで、訊ねた応援部隊への連絡を取る為のコードも応えかった。相手の対応や様子は明らかに通常のものとは違いっていた。最終的に相手は名乗る事もせずに電話を切っている。
 槙田は、警官以外が応答するはずのない12南署の電話に、警官とは思えない人物が対応した事に異常を感じ焦っていた。12南署で何が起こっているのか、こっちには確認する手立てもない。
 槙田は、は13南署で起きてしまった惨事との関連性も視野に入れて、最悪、12南署も13南署と同じような状況になっている、もしくはなろうとしている可能性があると口にしていた。
 こういった槙田の勘は、あまり外れる事がない……。
 犯人は逃走中で、まだわからないことだらけだ。相手にこちらの行動がバレないように、12ゲート内とは連絡を取らずに12南署へと移動中をしている。
 槙田は水無瀬に本庁へ伝言を頼んだ。
 専用車両では彼が前方の席に座り、尚と僕はその後ろの方へとバラバラに乗り込んでいた。座席数はバス程度はある。

「到着したら起こすから、それまで寝ていろ」

 話を終えてひと段落した槙田にそう言われ、僕と尚は素直に仮眠をとる事にする。到着次第直ぐに戦闘になるかもしれない。体力を回復する為に、睡眠は不可欠だ。
 僕は一番後ろの席へと移動して長いイスへと横になり、尚は座っていたイスを限界まで倒し、眠る体制になった。
 いざという時に、この身体が動けなければ槙田に連れてこられた意味がない。
 年齢と共に自分の身体能力の低下を感じる。今の年齢までひとつの身体がもったのは、今回が初めてのケースだった。メンテナンスやケアは定期的に受けてはいるが、それでも衰えは感じる。今まで味わったことのない感覚だ。機能性や戦闘能力を優先するなら、新しい身体になるべきだとは思う。そういった進言をされてもいる。それでも僕はそれを拒んでいた。僕の意見を尊重してくれているグール対最高責任者の意見が重要視され、現状に留まっている。
 また、あの夢をみてしまうかもしれない。繰り返される悪夢。
 そう思いながらも、慣れたもので眠りは浅くても意識は直ぐに遠のく。脳裏にこびりついたあの記憶は、何故消される事無く残されているのか。その意味を聞く前に、そうさせた人物は死んでしまった。


「着いたぞ」

 僕は槙田の声で目を覚ました。幸い夢の記憶は残っていない。一呼吸置いて。中々目を覚まさない尚を起こしに向かった。体育座りでもするように丸まって眠っていた尚の身体を揺する。

「起きろ」

 そう耳元で言うとやっと目を見開いた。僕よりずっと寝起きは悪い。彼女は起きろと身体に言い聞かせる様に、伸びをしながら豪快な欠伸をした。
 1時間半かからずに、12南署へと到着した。
 早々と槙田は車両を降り、身に付けていた銃を取り出す。僕も尚が起きた事が解ると直ぐに降りる。背後からは尚がパチパチと頬を叩いている音が聞こえていた。最後に降りてきた欠伸をかみ殺した涙目な彼女の手にも、既に銃が握られている。
 3人は地上の隠し扉へと続く階段を静かに上がって行く。

「……行くぞ」

 キーロックの前に立っていた槙田が振り返って言った。それを聞いて僕と尚が扉の両脇へと張り付く。槙田はコードを入力すると、2人の後ろへと下がった。
 扉の向こうは12南署内になる。こちら側からだと扉は外開きだ。
 一気に緊張感が高まる。相手に待ち伏せされていれば、直ぐに攻撃が始まる。

「……だ、誰かいるのか!! 来るな!!」

 扉が開ききらないうちに、男の声が聞こえた。
 人の気配は1人。血の匂いがドッと流れ込んでくる。

「警察だ!」

 尚は大きな声でそう言いうと、転がるようにして室内へと飛び出していく。それに僕も続く。室内の1階に居たのは男が1人。片手で銃をこちらに向けている。突然の訪問者に驚いているようだった。2人も続けて出てきた事で、更に男がパニクッている様に見える。
 男が照準を尚に合わせるよりも早く尚が動く。瞬時に男の方へと駆け寄り、男が持っていた銃を床に払い落とす。背中の方へと腕を取り捻ると、男は痛みで声を上げた。床へと腹ばいにさせ、拘束する。
 僕は落とされた銃を足で押さえつけながら、自分の銃を男へと向けていた。
 2階に人の気配は感じない。

「なっ、何が警察だ! 嘘つくなバケモノ!!」

 男が叫びながら身体をバタつかせる。振り払われることがないように、尚は力を弱めることなく自分の体重を乗せながら男を押さえつけた。僕は銃口は男に向けられたまま相手を睨み付けていた。
 男は見たところ、18歳ぐらいの未成年に見えた。

「嘘じゃない、警察だ。銃刀法所持で逮捕する」

 槙田が手帳を見せながら青年に向かって言った。

「は? どういうことだよ。こいつ等の目真っ赤じゃねーか!? どう見たって人間じゃねーぞ! 動きだって…」

「尚、手錠」

 青年が捲し立てるのを無視するように、槙田が尚に向かって言った。

「了解」

 尚は腰につけていた手錠取り外して、青年の手にかける。

「ふざけんな! 外せよ!!」

 男はそれでももがくが、槙田によって首根っこを掴まれるようにして立たされると、強引に近くあったイスに座らされた。

「1人か?」

 槙田も倒れていたイスを起こし、男の正面に座った。浅腰かけ、前のめりになって聞く。

「見てわかるだろーが。もう、オレしかいない。ここの警官が役立たずだったからな」

 青年は床に転がっている警官の遺体を見ながら言った。警官の遺体は3体ある。酷い暴行を加えられてはいるが、喰われている遺体はなかった。
 僕は銃をしまい、青年から遺体へと注意の対象を切り替える。よく見ると爪が剥がされていたり、指が切り落とされていたり、致命傷にならないような切り傷が多々見受けらる。暴行と言うより、拷問を受けたと言った方が合っている気がした。
 壁も、床も、血が飛び散り、血肉がべったりとこびり付いている。
 こんな部屋に何時間もいたら、普通なら気がふれる。青年には極度のストレスが長時間にわたってかかっているハズだが、遺体を怖がる様子も不快感も感じられなかった。

「さっき電話に出て切ったのは君か?」

「だったら何だ。お前らが本当に警察だって言うなら終わりだ。真知(マチ)が殺される! 今更来たって遅いんだよ!!」

 青年の口から出た聞き覚えのある名前に、皆反応する。

「マチって、都筑 真知(ツヅキ マチ)のことか?」

「……そうだよ。何で知ってるんだ?」

 槙田の言葉に、青年が困惑しながら言う。

『槙田警部、到着しました』

 急にイヤフォンから水無瀬の声がした。無線連絡だ。応援が到着後、彼女達もヘリで12南署へ向かっていた。外が急に騒々しくなる。

「ああ、入っていいぞ。制圧してる」

 槙田がドアの方を指差しながら尚の方を見る。彼女は「はーい」とゆるい返事を返しながら入口の方へ行き、ドアのロックを解除した。

「遅くなりました」

 程なくして水無瀬がそう言いながら、ノートパソコンや何かを持参して入ってくる。その後ろに見えたアレクセイも何かを持たされていた。千野も荷物を持ち室内へと入ってくる。
 水無瀬は床に転がった遺体を跨いで通り越すと、2つあったデスクの1つを動かし、せかせかと何の準備をし始めた。アレクセイは13南署と同じように、また写真を撮りまくっている。
 千野は荷物を降ろしながら遺体を見て、『ここもか』みたいな顔をしていた。

「何だってんだよ。バケモノだらけじゃねーか」

 千野はそう焦ったように口走った青年に歩み寄ると、でこピンをした。
 そんな言葉はもう、言われ慣れている。

「黙れ、ガキが。てか、こいつ誰?」

 槙田と青年の間に立ち塞がるようにして立った千野が言った。

「千野、邪魔。アレクは一応2階を見てきてくれ」

「了解」

 アレクセイはカメラを首に下げ、銃を片手に2階へと向かった。
 邪魔と言われた千野は不服そうに腕を組みながらその場を離れると、僕の方へと歩み寄ってくる。

「で、誰だよ」

「まだ不明」

 僕は千野にそう言い返して黙る。それはこれからわかるところだ。

「それで、都筑 真知はどうして殺されるんだ?」

 槙田が言った都筑 真知の名前に水無瀬と千野も反応を見せるが、黙って様子を窺っている。

「信用できない。お前らなんかに話すか!」

 青年は威勢よくそう言い放った。けれど、右足を小刻みに揺すっている。無力感があり、その態度は援助をしてもらいたいという現れだ。槙田もそれを感じ取りながら話を続ける。

「いいのか? 助けられるかもしれないのに。どうせ警察にバレたら殺されるなら、話した方がまだ助かる可能性があると思うけどな」

 槙田にそう言われ、青年は左下をじっと見ながら膝を揺らし続ける。
 しばらく沈黙になったが、その沈黙を破ったのは青年だった。

「……昨日の夜、お前等みたいなバケモノに襲われて、真知が攫われた。真知を殺されたくなければここに残って警官の代わりをしろって言われた」

 デスクの上には定期連絡についてのマニュアルが書かれたファイルが出されている。事の発覚を遅らせる為に、犯人がこの青年をここに残したという事らしい。

「君の名前は?」

「都筑 孝輔(ツヅキ コウスケ)」

 都筑 真知と同じ苗字。 

「都筑 真知の兄です」

 水無瀬が彼の名前に付け加えるように答えた。あの家の行方不明中の2名がこの兄妹だ。

「ここまで君と妹を除いて何人で来た?」

「……4人」

 頭の中で人数を数えるように思いだしながら青年が言う。
 4人で30人を殺したというわけだ。
 事情聴取的なこのやり取りは途中だったが、水無瀬が申し訳なさそうに口を挟んだ。

「……あと3分で緊急会議です」

「ここでか?」

 槙田が頭をかきながら聞く。

「はい」

「わかった」

 水無瀬は今までその準備をずっとしていた。カメラらしきものが取り付けられ、壁のディスプレイの表示が変わる。
 槙田は時間が許す限り青年から情報を引き出そうとしていた。

「4人とも紅(アカ)い眼をしていたか?」

「してた」

 この目撃証言が正しければ、犯人達ははグールということになる。グールは、人間の血を見たり興奮状態になると、身体に表面的な変化が起こる。普段は人と変わりなくて見分けもつかないが、眼の色が紅くなったり、爪が長く鋭くなったり、歯が牙のように変形し、獣のように変化する。特に眼の変化は顕著で、薬を飲んでコントロールされていても、視覚や臭覚に反応して色が変わってしまう。
 彼が僕等戦闘員を見てバケモノだと言い放っていたのは、僕達の眼の色が紅く変化していたからだ。

「命令をしているリーダーはいたか?」

「いた」

 集団で行動することのないグールが、統率されて犯行を犯すことは稀だ。特殊なケースに分類される。
 監視カメラに映っていた男がリーダーか? 映像で見た男の顔が脳裏に浮かびあがる。

「その中に女は?」

「いなかった」

 予想外なことに、犯行グループの中に女性はいないと青年は言った。てっきりその中にグーラが紛れ込んでいると思い込んでいたが、予想が外れた。
 行方不明者が出ていたあの事件は、今回の事件とは無関係なのか?
 自分の中で考えていた仮説は間違っていたのかもしれないと思った。
 ここで時間切れになった。
 ディスプレイに知った顔の人物が映し出される。最近は滅多に会う機会はなくなっていたが、僕にとっては昔一緒に仕事をしていた同僚だ。
 かけているメガネを中指で押し上げながら、気難しい顔をした久遠(クオン)が抑揚のない声で話し始める。8年前、異例の措置で桐島警視長の後に就任した。

「グール対最高責任者の久遠です。現在この会議に参加しているのは12ゲートの4署にいる、第1班、2班、3班、19班。13ゲート各署への緊急出動を要請した4班になります。13ゲートは計画的且つ、同時多発的に襲撃を受けました。グールが関係している事件であると踏み、指揮は私が執ります。12ゲートには非常事態宣言を発令。現在、11ゲート死守に向けて態勢を整えているところです」

 はじめから1ゲート第1班である自分達以外の班も動かされていた事を、この時初めて知ることになった。状況はすでに久遠警視長が直々に指揮を執る事態にまで陥っているという事に、誰もが動揺が隠しきれないでいた。
 犯人の何手も後ろを追っている。そんな不安が湧き上がってくる。
 いつもの事件とは違う。いつもの相手とも違う。
 事態は、現在進行形で悪化し続けているように思える。

「マジかよ」

 千野が真顔で呟いた。
 同時多発的と聞いて、不安感が増す。どうしても19年前のアウトブレイクがリンクするからだ。
 これではまるであの時と同じ。そう思わずにはいられない。
 積 那由他(セキ ナユタ)というグールが起こした、この国を今の状態へと創りあげた事件の時と同じだと。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神様は賽を振らない  case.01 邂逅の人④

>>04

 13ゲート南署で合流後、尚は槙田に言われた通り、部屋の隅にあったホワイトボードを引っ張り出してきて、貼りだされていた紙類を全て外していた。書かれてあった文字も消し、現状を整理する為に書き出す準備をした。
 このまま現場保持をしていたら捜査に支障が出る。そう考えた槙田は、アレクセイに部屋中の写真を隈なく撮るように言い、千野には会議スペースの確保する為にデスクなどの移動を命じていた。写真は撮ったが、せめて遺体だけはそのままというちょっと異様な環境の中、水無瀬は自分のパソコンを準備し、槙田はマーカーを手に皆の前に立っていた。

 槙田側

 1軒目、岡崎 忠夫(オカザキ タダオ)宅
 忠夫とその妻と思われる男女2名が射殺され死亡。

 2軒目、寺本 一樹(テラモト カズキ)宅
 本人と思われる男性1名が喰い殺され死亡。

 3軒目、池澤 末次(イケザワ スエツグ)宅
 末次の両親である茂(シゲル)、君枝(キミエ)と思われる男女2名が銃殺により死亡。末次の妻と思われる女性と、男性2名が喰い殺され死亡。計4名死亡、男性1名が消息不明。

 4軒目、宇田川 光彦(ウタガワ ミツヒコ)宅
 光彦の妻と娘と思われる女性2名が喰い殺され死亡。光彦は消息不明。

 5軒目、寺門 耕治(テラカド コウジ)宅
 耕治とその妻と思われる男女2名が切り殺され死亡。遺体の年齢から推測し、息子である健太が消息不明。

 6軒目、寺門 友和(テラカド トモカズ)宅
 友和の母と思われる女性1名が切り殺され死亡。友和は消息不明。


 水無瀬側

 1軒目、寺門 信夫(テラカド ノブオ)宅
 信夫の父と思われる男性1名が切り殺され死亡。信夫本人は消息不明。

 2軒目、寺門 幸造(テラカド コウゾウ)宅
 幸造本人だと思われる男性1名が切り殺され死亡。その息子と思われる男性1名が射殺され死亡。その妻と息子、娘と思われる女性1名と幼児2名が喰い殺され死亡。計5名死亡。

 3軒目、峰岸 一成(ミネギシ カズナリ)宅
 一成と思われる男性1名が射殺後、喰い殺され死亡。その妻と思われる女性1名が喰い殺され死亡。一成の母と思われる女性1名が切り殺され死亡。計3名死亡。

 4軒目、北川 伸成(キタガワ ノブナリ)宅
 伸成とその妻と思われる男女2名が切り殺され死亡。その息子であると思われる男児2名が射殺後喰い殺され死亡。計4名死亡。

 5軒目、都筑 基喜(ツヅキ モトキ)宅
 男性1名が銃殺により死亡。その女性1名が殺傷後、喰い殺され死亡。男女2名が消息不明。

 6軒目、峰岸 瑞月(ミネギシ ミヅキ)宅
 瑞月と思われる女性が首を切られ、更に口の中に刃物を突き立てられ死亡。その息子と思われる男性2名も滅多刺し後、喰い殺ろされ死亡。計3名死亡。

 ホワイトボードは裏面までびっしりと文字で埋め尽くされた。人数が多くて把握するにも時間がかかる。
 槙田が水無瀬に途中経過の報告を直ぐに本部へと送るように指示を出し、携帯で電話を掛けていた。「早急に送られた報告を見て下さい」といったような内容なことは想像がつく。

「全員で36人だっけ?」

 千野が指を降りながらホワイトボードの人数を確認しながら聞いた。

「36名中、死亡者30名、消息不明者が6名」

 千野の隣に居た僕が答える。住民の殆どが亡くなったことになる。

「これだけたくさんの犠牲者が出たのは、アウトブレイク以来初めて?」

 アレクセイが質問をする。彼が日本に来たのはアウトブレイク後の事だ。そもそも彼が生れる前の話になる。アウトブレイク以前の日本の事はあまりよく知らないと言っていた。

「そうだな」

 槙田が腕を組みながら答えた。槙田が知る限り、政府によって隠ぺいされた事件を含めても、今回程多くの犠牲者が出た事件はなかった。

「何だか、ミネギシ ミヅキの家だけ他の家と違う」

 アレクセイが、ホワイトボードを眺めるように見ながら言った。
 彼が言うように、僕から見てもあの家は他の家に比べて殺し方が執拗で、時間もかけているように思えた。口に刃物を突き刺された例は多いとは言い難いが、それを除けば『普通』の怨恨による殺人現場ともとれる。

「怨恨って感じだもんなー」

 千野が言った言葉に、アレクセイが頷く。

「過去に峰岸 瑞月宅絡みで、事件とかってないんですか?」

 尚が水無瀬に向かって言った。彼女は一瞬記憶を辿るように視線を左上へと滑らせると、直ぐに答えた。

「……あります」

 そう話ながらパソコンのディスプレイへと視線を戻し、調べるためにキーを叩きだした。

「……今から半年程前に、近隣に住んでいる都筑 真知(ツヅキ マチ)が峰岸 瑞月に暴行を加えたようです。息子との付き合いに反対されていたらしく、その事で口論になって殴ったとあります。息子は真知との交際を否定していたようですが……」

「何それ、ストーカー?」

 千野が嫌悪感を露わにして口にする。
 息子の証言が確かなら、真知が瑞月の息子に付きまとっていたようにとれる。

「でも、母親は交際していると思ってたんですよね? 反対してた理由はなんだったんですか?」

 尚は小首をかしげながら水無瀬へと質問した。

「息子に怪我を負わせた様です」

 水無瀬が資料を確認しながら答えた。

「ケガ? マチさんはずいぶん暴力的だね……」

 アレクセイがそう言いながら、何か考え込んでいた。
 確かに彼が言うとおり、都筑 真知は、大人2人に怪我を負わせるほど手を上げている。暴力的と言えば、暴力的だ。

「他の事件は?」

 今度は槙田が言った。話は峰岸 瑞月関係の事件から離れる。

「過去5年で5件しか事件はありません。今話していたものと、他4件は失踪事件でした。小久保 正志(コクボ マサシ)23歳が2年程前に失踪。羽柴 圭吾(ハシバ ケイゴ)19歳が1年程前に失踪。大森 央(オオモリ ヒサシ)25歳が9ヶ月程前に失踪。鈴原 清隆(スズハラ キヨタカ)17歳が5ヵ月程前に失踪。事件件数が少なかったので、過去10年遡って見ましたが、女性と子どもの失踪事件が2件あっただけでした。この3年で増えています」

 水無瀬の話を聞きながら、たぶん誰もがただの失踪事件ではないことを想定して考えている。

「13ゲートでの失踪事件は珍しくないけど、ここ3年は男の人ばっかりだね。同一犯だったりして」

 尚が言った事に、誰も反論しなかった。これは、よくあるグーラによる失踪事件そのものだったからだ。
 そこで槙田の携帯電話の着信音が鳴った。

「はい、槙田」

 彼は手に持ったままだった携帯に直ぐに出た。元々折り返しの連絡を待っていた。上からの指示を仰いでいたところだ。

「失踪者に家族は?」

 僕は電話中の槙田の事は気にせず、水無瀬に向かって口を開いた。会議は続行中だ。

「基本的に居ません。18歳未満だった鈴原だけは遠縁の寺門 耕治宅に同居していた為、失踪届も出ています。その他の単身者は街の人たちとの交流も希薄で、いつから行方が分からなくなっていたのか、しっかりとした日にちなどわかっていません」

 そういった気付かれにくい相手を選んで標的にしていたとしたら?
 この事実を知っていて犯行に及んでいると考えると、住民以外の者が1人で犯行に及んでいるとは考えにくい。誰かからの情報源がなければ、情報を得るのは容易ではないはずだ。だが、グーラが態々住民の誰かと手を組んで犯行に及ぶとも思えない。
 考えられる可能性としては、突然変異によってグール化した住民がいたというのが一番しっくりくる。消えても気づかれにくい人物を知っていて、犯行に及ぶ事も可能だ。
 未だに原因は解明されていないが、主に15歳未満の子どもが突如遺伝子の変異によってグールになることがある。その為、15歳未満の子は定期的に国が検査を実施している。検査によって陽性反応が出た場合、治療の為に国が運営する施設へと強制収監される。
 治療と言っては聞こえはいいが、治る事はない。ただの建前だ。隔離され、閉じ込められる。
 ひとつの答えに行きついたが、確証はない。僕は考えごとに没頭し意識的にフェードアウトしていた会議の内容へと再び耳を傾ける。

「この街で単身者ってことはムショ帰り?」

「はい」

 千野に水無瀬が返事をする。
 そこで電話を終えた槙田が皆に向かって言った。

「一旦12ゲートに引き上げるよう指示があった。応援が到着次第入れ替わりで12ゲート南署へ向かう」



 槙田はそう言ったが、15分もあれば到着するはずの応援は、20分経っても来なかった。
 その後、痺れを切らした槙田が上が応援を頼んだという12ゲート署へ直接連絡を入れた。それが、妙なやり取りになった。

「応援要請があったはずだが応援が到着しない。どうなっているんだ? ……ヘリに直接連絡するからコードをくれ。……いいから教えろ、命令だ!」

 電話に出た相手に対して槙田は声を荒げながら言った。同じ室内に居た全員に聞こえている。何かがおかしいと、誰もが感じとっている。

「……お前、誰だ」

 どんな反応を相手が返したのか解らなかったが、やがて槙田は低い声でそう言った。その後、電話は相手の方から一方的に切られた様だった。電話の相手が名乗ったとは考えにくい。

「クソッ」

 珍しく槙田が苛立ちを露わにして言った。これは、思った以上に悪い状況なのかもしれない。僕は腕を組みながら槙田を見てそんな事を考えていた。ただでさえ異例の事態だという事も手伝って、誰もがそう思い始めていた。
 一気に不安感が増していく。

「俺と野々宮兄妹は地下通路を使って12ゲートへと向かう。あとの3人はここで応援を待ってくれ」

 彼は早口で指示を出しながら歩き出すと、いきなり書類の並んでいた棚の一番上の段にある書類を、掻き出すように床へと落とし始めた。槙田のその行動に僕以外の誰もが唖然としていた。床にはファイルや書類がばら撒かれている。しかし、棚にあった全ての書類が落とされたわけではなかった。左端の方の書類っぽかった何かだけが残る。所謂ダミーだったそれを押し込むと、音を立てながらゆっくりと棚が動き、丸ごと扉のように開いた。
 隠し扉だった。

「棚は元通りに戻しておいてくれ」

 扉の内側に入り、暗証番号を入力しながら槙田が言った。この扉の向こう側は、地下通路の入り口になる。しかし地下通路は戦闘員は使用禁止だ。この扉の存在さえ知らされていない。この扉の存在を知っている戦闘員は、僕だけだ。警察関係者であっても、殆どの人間が知らない。水無瀬も知らなかったらしく、槙田の行動に声を失っていた。

「槙田」

「……わかってる」

 僕の呼びかけに、槙田が顔を向け言った。それは、規則を破る必要のある緊急事態であると暗に言っている。
 槙田が落ち着いてこの判断を下した事を感じ取り、僕はそれ以上何も言わなかった。

「槙田警部」

 水無瀬が不安そうな声を出した。彼女のこんな声を聞いたのは、着任から2年、初めてかもしれないない。

「水無瀬、頼んだぞ」

 槙田はそう言って、開いた扉の向こうへと入って行く。迷いはない。
 尚は本当にこれでいいんだろうかと一瞬躊躇ったように、後ろに居た僕の方を向いた。僕はいつもとかわらない表情で、もたつく尚の肩を軽く抱きかかえると、槙田の背中を追っていく。
 躊躇している時間はない。
 尚は高鳴っていた心音を隠すように、自分の胸ぐらをぎゅっと掴んだ。

「大丈夫、歩けるよ」

 尚の言葉に彼女の肩から手を放す。尚は1度だけ僕の顔を見たが、その後は後ろを振り向くことなく、しっかりとした足取りで槙田の後を追った。そんな彼女の背中を見守りながら進んで行く。
 以前、1度だけこの通路を使用したことがある。見覚えのある風景は、昔と何も変わっていないように思えた。
 冷たい風が吹き抜けている道を、先へと急ぐ。結局槙田率いる班は、また2手に分かれて行動する事になった。

テーマ:自作連載小説
ジャンル:小説・文学

プロフィール

美雨

Author:美雨
オリジナル小説・詩の下書きblog
「神様は賽を振らない」の連載開始。
※物語の特性上、一部不快(グロテスク/残酷)に思われる表現があります。
※作品の転載・お持ち帰りは禁止です。何かで使用されたい場合は、事前にお声かけください。歓迎★
※詩を歌詞として曲などで使用していただけるかた募集中。また、その逆も募集中です。

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